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飯山一郎の古代史  北朝鮮の写真 ビビンバ!北朝鮮! 金王朝の深い謎  『放知技』へ


「南韓」の解釈問題ほか

1:飯山一郎 :

2011/02/04 (Fri) 18:51:40

host:*.ocn.ne.jp
鹿之助さん
以下は、『雑談室』でのご質問の回答です。

(1)
いま、「韓」とか「朝鮮」というと、朝鮮半島を指しますが…、
現在の朝鮮半島が「朝鮮」とか「韓」と呼ばれるようになったのは
14世紀になってからのこと。

馬韓・弁韓・辰韓の三韓時代(紀元前2世紀から4世紀)の頃の
「韓」とか「朝鮮」は、満州にありました。
このことを、山形先生は20年も前から、『卑弥呼は公孫氏』等の
著書で、何度も何回も世に知らしめてきました。

結果…、
有名人では松本清張。彼は唖然とし、結局納得しましたが…、
他の有名な学者・考古学者・古代史評論家作家(黒岩重吾とか
平山郁夫など多数)は、逃げるだけでした。
ともかく、山形史観を、真正面から、理路整然と、キチンと反論
してきたヒトは皆無です。皆無。一人もいませんでした。

そして、いまだに、誰も彼も、鹿之助さんも…、
古代において「韓」や「朝鮮」 と言われた地が、今の朝鮮半島で
あると思い込んでいるのです。
この厚い「バカの壁」は、なかなか超えられないでしょう。

鹿之助さん。「遷居南韓地」 ← この南韓が、朝鮮半島南部だと
する根拠を示してください。この場合、山形史観を超える根拠が
必要です。

(2)
エフライム王家については、小生、不動明王氏と同意見です。
すなわち、
資料根拠・考古学的根拠をお願いします。
学術的、文献学的、考古学的批判に耐えた、多方面から検証
された資料・根拠を、できたら示してください。
また、天皇家の歴史そのものがよく分からない中で、イスラエル
まで出てこられては目が回ります。色々お教えください。

それから貴文中の、
“横田めぐみさんは馮太后の生まれ変わりに近い存在(霊媒)”
という文章は、私の文章を貴殿が改竄したものです。
私は、「生まれ変わり」を信じていませんし、「霊媒」という言葉
の使い方もヘンです。

●韓国哨戒艦「天安」と原潜「コロムビア」、轟沈!問題。
 3月26日の「天安」轟沈で、ペンニョン島周辺海域は戦場に
 なりました。合同演習に参加した原潜は主力部隊ですから、
 轟沈現場海域に最低でも1~2ヶ月は残るはずです。
 それなのに、コロンビアもコロンバスも、わずか10日後には
 うるま市のホワイトビーチに寄港した、ことになっています。
 このホワイトビーチ寄港には、何の証拠もありませんが…、
 事実だとしたら、戦場放棄です!
 イラク・アフガンでの米兵の死者は軽く6000人を超えている
 ので、その家族が大騒ぎしているはずですが、その報道は
 ありませんね。恐いですね。戦争というのは、大量の死者が
 出ることは当然。家族は騒げないのです。もし大騒ぎしたら
 弾圧されます。戦争の怖さ、鹿之助さん、分かって下さい。

●中国と北朝鮮の関係に対する私のコメントは、別の機会に
  発表します。

●なんちゃらかんちゃらの「飯山理論への質問」の回答は、
 もう1~2日、お待ち下さい。

以上。飯山夜狸。

15:人間更生委員会  :

2011/02/08 (Tue) 09:42:27

host:*.ocn.ne.jp
御前のブログ開設しろ。
以上!
14:警告・鹿之助へ :

2011/02/08 (Tue) 09:33:59

host:*.ocn.ne.jp
鹿之助、聞いていただけますか。
御前の投稿態度、もはや敬称をつける必要はないですよね。
分かりますよね。一読者として不快極まりないです。

投稿・説明が長文どうのこうのではないのです。

「質問・批評には回答・反論する義務がある」ですって??
一方的、独善的と言える姿勢で偉そうにそこまで主張するのであるなら
『本名』『素性』を明かして議論したらどうでしょうか?
そのほうが説得力があって良いと思いますよ?
分かりますよね?

         人間更生委員会 
13:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 23:55:22

host:*.ocn.ne.jp
『これは議論なのか? 難癖合戦なのか? 不愉快な応酬だ。』

鹿之助さん
お互い、相手に不快感をもって、相手に難癖をつけ、相手を難詰する…、
そんな議論になっています。

ネットも人生も楽しいほうがいい。いや楽しくなければなりません。
鹿之助さんとの、議論・対話は、小生、非常に不愉快です。

あなたの態度は、少なくとも人様の家に上がってきた人間の態度ではない。
鹿之助さんの、物事を一方的に決めつけ、相手に難癖をつけ、相手を難詰する態度。
これは何が目的なのか? いいかげんにしなさい。

たとえば…、
「金正日は後継ぎの息子金正恩を産んだ横田めぐみさんを、
わずか2~3年で別の金英男をあてがって追い出し、金英男
と横田めぐみさんとの間にキム・ヘギョンをもうけた…」
↑これは、何を根拠にして言ってるのか?
 根拠を示しなさい。そうでないと、「横田めぐみさんとそのご両親(家族)を見世物と
 して人権を故意に傷つけ、愚弄するものだと言われてもしかたがないでしょう。」  
 と↑こうなってしまう。自分の吐いたツバが、自分の顔に落ちてくるような議論は
 いけません。

何度も言うように…、
我々の議論の論点は、古代朝鮮史にあります。
この議論は、古代において「朝鮮」あるいは「韓」といわれた地域が何処に存在したか?
これが、出発点になります。

古代三韓(馬韓・辰韓・弁韓)は、青銅以外に豊かな鉄文化をもっていました。
この鉄は、辰韓等があったとされる満州全域から豊富に産出され、古代の産出地、また
製鉄遺跡、鉄加工(鍛冶屋)遺跡等々の調査結果が、5000人もの学者を動員した
『東北工程』の報告書に満載されています。こういう中国の歴史学・考古学の成果、
(政治的だと韓国は批判してますが…)を、見、聞き、検証したのかどうか?
逆に、私が聞きたい心境です。

もう一度、訊きます。
「南韓」と言われる地域は韓半島の南部なんだという根拠を示して下さい。
これが出発点です。
以上。飯山夜狸。
12:鹿之助 :

2011/02/07 (Mon) 22:42:38

host:*.plala.or.jp
飯山さん

「♪ 横田めぐみさんは、北魏の馮太后の再来(=うまれかわり )に近い存在(霊媒)になっている…。」について、上海鉄道大学教授(環境・健研究所)の飯山さんともあろう方が、数日前に投稿したことを忘れて改竄したと誹謗中傷したので、小生は“かちん”と来たのです。

今回の小生の質問に対して、回りくどい説明をいろいろされていますが、特に肝心な魏志倭人伝・隋書倭国伝や横田めぐみ&金正恩の質問はゼロ回答であり、全体的にきちんとした回答ではありませんね。 インターネットブログのような公器で持論を主張する場合、それに対しての質問・批評には回答・反論する義務があり、もし回答・反論できなければ、持論を撤回するのが一般的です。
世間一般では、痛いところを突いた質問・批評が不都合なために怒って無視、あるいは些細なことにイチャモンつけて回答しないことを“スルーする(逃げる)”と言います。だから、今回 飯山さんからエフライムについて質問があったので、受け入れるかどうかは別にして、小生は長文ですが現時点の持論(進捗状況)を回答しました。
「貴文拝読。読後感は「見解の相違、溝深し、議論は平行線」。つまり、定説に立つ貴殿と、山形史観を正論と信ずる私との議論は、いつまでたっても平行線でしょう。」とのことですが、
飯山さんの古代史ブログは、従来の古代史定説が頭にある多くの人々が興味を持って閲覧しているはずなので、小生の質問は古代史定説派を代表する質問と受け止めて回答・反論して納得させないと、山形史観信望者の飯山さんの古代史仮説は、誇大妄想、漫画の世界、空理空論の世界として信用されないでしょうね。 
「さらに、「少し読んだだけ」なのに、>山形史観は、あくまでも机上の分析考察とかと、文献史学を「机上の空論」の如く非難したり、また、>遼東半島で文献等の考古学的検証をしたのか疑問であるのと、文献史学と考古学をごっちゃにした物言いは暴論です。また、末尾には、>正に、画竜点睛を欠く歴史観と思われる。これなどは↑、喧嘩を売るタンカに等しいぞ! 大馬鹿野郎! …と言いたくなる。」
とのことですが、文献等と物的証拠(考古学的検証等)により真実が判明して通説となるわけで、少し読んだだけでの(2)「魏志倭人伝」・『随書』倭国伝の疑問点に答えないで、罵倒するのはいかがなものかと思いますね。 
まあ、不利な状況になったので頭に血が昇っているようですが、通説ではない山形史観の信望者として、真正面から対峙して回答・反論されることを期待しています。
ところで、小生の質問は前提の説明が長文で閲覧者は分かりにくいので、下記に簡潔にまとめ直しましたが、この質問に回答・反論するかどうかは飯山さんの自由ですが、小生のみならずこのブログの閲覧者は注視していることをお忘れなく!

<これまでの質問まとめ>
(1)「鉄の産出問題についても、北朝鮮~満州は、古代から地下資源の宝庫です!こんな常識を一顧だにせず…、」とのことですが、山形史観の弁韓、辰韓は遼東半島付根の丹東付近としており、この付近に三韓~三国時代の製鉄遺構がありますか? 考古学的検証しましたか?
と質問しており、論点をずらさないで下さい。
(2)山形史観が触れていない問題点を列記しますので、回答して下さい。
①中華思想により周辺民族を卑下した呼称である卑弥呼ではなく、倭国の邪馬台国女王は日霊女(大日霊女貴尊)である。(古代/上代日本正史;原田常治著)
②「卑弥呼の正体」の倭(倭国)は遼東半島東側一帯から黄海一円、朝鮮半島西岸一帯で九州は含まれていないが、魏志倭人伝に記載されている「海を渡っての対馬国、壱岐国、末盧国等の地名」が出てこないのはなぜか?
③『随書』倭国伝、『北史』倭国伝では、倭国(九州)の象徴である「阿蘇山」が出てくるが、「卑弥呼の正体」の倭(倭国)ではなぜ出てこないのか?
有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。
④「魏志倭人伝」を抜粋すると、
種禾稻、紵麻、蠶桑緝績。出細紵、縑綿。出真珠、青玉。
其地無牛馬虎豹羊鵲。倭地溫暖、冬夏食生菜、皆徒跣。
(民は水稲や紵麻の種をまき、養蚕して絹織物を紡ぐ。真珠、青玉を産出する。
その地には、牛・馬・虎・豹・羊・鵲がいない。 倭の地は温暖、冬や夏も生野菜を食べ、皆が裸足で歩いている。)
  であるが、寒暖の差が激しい大陸性気候の遼東半島東岸から朝鮮半島西岸一帯の倭(倭国)、邪馬台国を鴨緑江中流の蓋馬国に想定する説では、これらを説明できない。
  特に、騎馬民族、遊牧民族にとって必須の馬、牛、羊等が倭(倭国)にいないことを考察しないのは、致命的欠陥の史観である。
(3)全般的に、膨大な中国史書古典や歴史地理系の文献記述を研究分析した山形史観は、あくまでも机上の分析考察と思われ、上記のような触れていない問題点があり、更に例えば三韓の地と主張する遼東半島で文献等の考古学的検証をしたのか疑問である。
正に、画竜点睛を欠く歴史観と思われる。
飯山さんは、山形史観のポイントである遼東半島付近で、文献の考古学的検証をしましたか?
(4)中国歴代王朝の『梁書』百済伝によれば、当初の百済は遼西地方にあり、高句麗によって国を破られ、南韓の地に遷都したとありますが、どの百済王時代に「南韓」に遷都したのですか?
(5)馮太后の一族が天皇家の先祖であるならば、馮太后の一族はどの百済王の王妃ですか?
(6)前方後円墳は3~6世紀の天皇(大王)、有力豪族等の墓墳とされているが、660年百済滅亡で百済王族等が日本に逃げ込んだときに金銅透彫鞍金具(鮮卑族の馬の鞍)を持ち組み、百済と無関係と思われる応神天皇稜陪塚丸山古墳になぜ埋設する必要があったのですか?
そして、北魏、北燕の地で前方後円墳がなかったようですが、その王族が日本の天皇家先祖とはいえないのではないか?
(7)金正恩の成果を強調するためのプロパガンダでしょうが、もし金正恩が本当に原潜を沈没させているならば、どの原潜か指摘して下さい。
(8)金正日は後継ぎの息子金正恩を産んだ横田めぐみさんを、わずか2~3年で別の金英男をあてがって追い出し、金英男と横田めぐみさんとの間にキム・ヘギョンをもうけたという事になってしまうが、金正日はなんの目的でこうゆうことをするのですか?

特に、国民的関心の高い横田めぐみさんと金正恩についてキチンと回答・反論しないと、横田めぐみさんとそのご両親(家族)を見世物として人権を傷つけ、愚弄する客寄せのブログだと怒っている北朝鮮拉致被害者家族の会などの人々もいると言われてもしかたがないでしょう。 

鹿之助拝

11:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 19:14:06

host:*.ocn.ne.jp
『北燕における馮太后の一族のその後』

鹿之助さんは、私に、次のような質問をしました。
「馮太后の一族が天皇家の先祖であるならば、馮太后の一族はどの百済王
の王妃ですか?」
この質問は、愚問です。

さらに…、
愚問を発した本人は、愚問とは思わず質問している。
また、返答が遅れたりすると、
「都合の悪いことは無視してスルーですか?」
などと失礼千万な物言いをするので、尚更厄介です。

さて、愚問である理由。
1.1600年も前の王室の婚姻関係を述べよ! などという無理筋の質問。
2.王妃となるなどの婚姻関係がないと先祖→子孫関係が証明できない! と
  いう思い込み。
3.百済の国王や王妃の系図や歴史資料が、キチンと残存しているはずだ、
  という思い込み。
4.(特に朝鮮・韓関係の)歴史文書・歴史資料は(考古学的資料も!)、改竄
  されたものが多い。この知識が皆無なのに、知ったかぶりで質問している。
5.飯山が、いかなる資料をもとにして、いかなる文脈で、「馮太后の一族が
  天皇家の先祖」と論じたのか? を全く考慮せずに、「先祖と言うなら系図
  を示せ!」などと、一方的かつ無知な思い込みで質問している。
6.柳城を舞台にして、『北燕(わずか28年の短命国家)』と『百済』の間に、
  どんな交流があったのか? を考慮することも、想像することさえせずに、
  また、歴史資料・文献にもあたらず「どの王の王妃か?」を答えろ! 等々
  まるで駄々っ子。
7.歴史学と考古学の連携、あるいは学問独立性を全く考慮せずに…、
  …もう、やめましょう。

とにかく、鹿之助さん、ネチケットうんぬんかんぬんは言いませんが、人と人
が、話し合い、議論をし、親睦をはかり、できたら、アウフヘーベン(止揚)をも
目指す…、それには、どういう物言いが望ましいのか? 等々、再考をお願い
します。
以上。
飯山夜狸。

10:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 18:29:31

host:*.ocn.ne.jp
『天皇家と古代イスラエルの関係に関する諸学説について』

鹿之助さんは、紋章類の類似点や、冠類の類似点や、言語発声の類似点を
沢山提示してくれました。
しかし…、
そのどれもが、昔から、書籍や、講演や、ネットで提示され、言及されてきた
ものです。これ、正直言って、小生、もう飽き飽きです。

以前、不動明王さんが『雑談室』で言われていましたが…、
「天皇家の歴史そのものがよく分からない中で、イスラエルまで出てこられては
目が回ります」 …ということです。

鹿之助さんは、「学術的、文献学的、考古学的批判に耐えた、多方面から検証
された…うんぬん」とか言ってましたが…、
天皇家と古代ユダヤの関係にこそ、学術的、文献学的、考古学的批判に耐えた
根拠を示して下さい。

私の見解は、以下のとおりです。

「日本列島には、シルクロードなどの陸路や海路で、遠い西欧や中東と結ばれ、
交流してきた長い長い歴史があり、遠い遙か彼方の西方の文化・文明・文物が
長い時間をかけた旅路の末に、最後に流れつき、辿り着く終着地であります。
この結果、日本列島の文化・文明・文物には、欧州や中東の影響が至るところ
に見られます。
そのうちの一つ(例えば古代ユダヤ文明)を、ことさらに取り上げて…、『日本は
こんなにも古代ユダヤと深く繋がっていた!』などという議論は、一点誇張主義!
と言わざるをえません。」(飯山文化交流史論)

上↑の文章が、私の「日ユ同祖論」等の文化交流史論に対する見解です。
上の「飯山文化交流史論」、熟読いただければ幸甚です。

以上。飯山夜狸。
9:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 13:20:58

host:*.ocn.ne.jp
『原潜沈没問題』

鹿之助さんは、
「原潜は沈没していません!」と言い、
金虎は、
「アメリカ原潜は、金正恩が沈めた!」と言い、
私は、
『どっちでもいいけど、3月26日に天安が轟沈させられているのに、
原潜が早々と4月5日に沖縄に帰るのは変だ! 戦場放棄だ!』
と言う。

A.原潜は沈められた!  B.いや沈んでない!
A,B,どちらも、決定的な証拠出せないでしょ?(伝聞証拠はダメ。)

つまり、真実は、いつも、藪の中。闇の中。わからないのです。

問題は…、
「韓国の最新鋭哨戒艦の「天安」を沈めたのは北朝鮮だ!」
と韓国が言えば言うほど、北朝鮮とそのシンパは、
「そうだ! 金正恩は天安を沈めた! そして、原潜も沈めた!」
と喜んでしまうワケ。

しかも、
当初、「原潜が沈んだ」という情報を出した韓国紙を、韓国政府機関は、
黙らせている。不自然な口封じをしている…。
これでは、「やっぱり、原潜は沈められていた!」と思うヒトが増えるのは
当然だ。

何をどう思おうが、カラスの勝手。
多くのヒトが原潜沈没!と思うのは、止められない。

何が真実か? これより、多くのヒトがどう思うか? …これが重要問題。

「原潜は、金正恩が沈めた!」と、多くの朝鮮人・中国人が信じている。
これ、大問題でしょ?

あなたが、「いや! 原潜は沈んでない!」
…と言い張っても、これは無駄。そして無意味。

ようするに、社会心理学、政治心理学の問題なのです。

以上。飯山夜狸。
8:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 08:34:10

host:*.ocn.ne.jp
『袖触れ合うも他生の縁』

鹿之助さん
 一般的に…、
 「質問」には、「正問」、「駄問」、「愚問」とランクがあります。
 質問する本人は、「自分の質問は全部が正問だ」と思っています。
 質問されるほうは、「こんな質問バカバカしくて、答えられるか!」と思う場合もあります。
 
さて…、
 あなたが、当掲示板のなかで色々と質問するのは、あなたの勝手です。
しかし…、
 質問者が、自分の都合で勝手に一方的に質問をしておいて、返答がない時…、
 「都合の悪いことは無視してスルーですか?」
 この言い方は無礼です。
 「お前、何様だ?」
 と逆に聞きたくなります。この気持=あなたが質問した相手の気持ち、分かりますか。

鹿之助さん、
 「都合の悪いことは無視してスルーですか?」
 我輩は、↑こんな無礼な物言いをする輩とは付き合いたくない! という気持ちです。

 しかし…、
 袖触れ合うも他生の縁、あなたの質問が駄問だとしても、2~3、答えておきます。

百済の歴史は…、
 中国の「正史」のような記述ではありません。
 つまり、後継王朝が前王朝の王朝史を書くという概念がなかったからです。
 さらに百済の歴史は、百済を滅ぼした唐、高句麗に改竄されています。
 新羅も改竄しています (『三国史記』の「百済本記」)。
 百済自身も改竄しています (『百済記』『百済新撰』『百済本紀』)。
 さらに、日韓併合以降、大日本帝国が大規模かつ組織的な改竄作業を施行しました。

 山形明郷著『古代史犯罪』にもあるように、
 遼東半島の熊岳城にあった『百済建国の始祖尉仇台之碑』を現在の韓国忠清南道の
 錦江まで移動し、そこが「百済建国の地」であった! などと、史跡まで移動しました。


 ですから、百済の歴史の真偽は、いまもって不明なのです。
 こういう知識なしに、
 「どの百済王時代に「南韓」に遷都したのですか?」
とか、
 「馮太后の一族はどの百済王の王妃ですか?」
といった質問をするのは、駄問になるのです。

定説は、「南韓」について、
 蓋鹵王(A.D.455〜A.D.475) 475年 漢城陥落。
 文周王(A.D.475〜A.D.477) 475年 熊津遷都。
 聖王(A.D.523〜A.D.554)   538年 泗沘に遷都、国号を南夫餘に変更。
となっていますが…、
この定説は、眉唾! だと私は思っています。

あと、
馮太后の一族のことなどは、気が向いたら、また書きます。

末筆ながら、念を押しておきます。
あなた、勝手に駄問を発しておいて、
 「都合の悪いことは無視してスルーですか?」 ←こういう物言いは、無礼千万だ!
と。

以上。
飯山夜狸。

7:飯山一郎 :

2011/02/07 (Mon) 00:42:32

host:*.ocn.ne.jp
鹿之助さん
貴文拝読。読後感は「見解の相違、溝深し、議論は平行線」。
つまり、定説に立つ貴殿と、山形史観を正論と信ずる私との議論は、いつまでたっても
平行線でしょう。
山形師は、三韓の地が朝鮮半島南部ではなく満州に存在したことを、克明かつ丁寧に
論証しました。
それなのに鹿之助さんは、
>定説のように朝鮮半島南部が三韓の地だったから百済は「遷居南韓地」したのでは
>ないかと思っています。
さらに鹿之助さんは続けて、
>(山形師の著書を)少し読んだだけで下記の疑問があります。
と書いています。

『古代朝鮮史』の最重要項目は、「朝鮮」や「韓」といった地域が何処に存在したのか?
この「地域特定」を決着しなければ、何事も始まりません。
歴史とは、どの地域の歴史か? ここから始まるのですから。
だから山形師は…、
先ず、「韓」(馬韓・弁韓・辰韓)が何処にあったのか?
満州である! …と長々と論証したワケです。

ところが鹿之助さんは、
>定説のように朝鮮半島南部が三韓の地だったから~~と思っています。
と単純な思いを述べるだけ。これでは議論にならんでしょう。
以上、鹿之助さんの議論は、出発点から崩壊してます。

『古代朝鮮史』を語る上で最も重要なことは…、
「朝鮮」や「韓」といった地域が何処に存在したのか? …ということです。
ですから鹿之助さん、 先ずは、
『韓』が朝鮮半島南部にあった! という理由と論拠を述べてください。

あとの議論は、それからです。
鉄の産出問題についても、北朝鮮~満州は、古代から地下資源の宝庫です!
こんな常識を一顧だにせず…、
>この付近に三韓~三国時代の製鉄遺構がありますか?  
>もしも、なかったら山形史観は崩壊しますね。
などという書き方は、歴史学の泰斗に対して無礼です。

さらに、「少し読んだだけ」なのに、
>山形史観は、あくまでも机上の分析考察
とかと、文献史学を「机上の空論」の如く非難したり、また、
>遼東半島で文献等の考古学的検証をしたのか疑問である
のと、文献史学と考古学をごっちゃにした物言いは暴論です。
また、末尾には、
>正に、画竜点睛を欠く歴史観と思われる。
これなどは↑、喧嘩を売るタンカに等しいぞ! 大馬鹿野郎! …と言いたくなる。

とにかく!
歴史を学び、学問をする者は、先達に対しては、謙虚さと礼儀が必要です!

はっきり言います。
鹿之助さん。謙虚で礼儀をわきまえた議論をしましょう!
もうひとつ。
先達の著書を批判するのは、眼光紙背、熟読後になされるべきです。

以上。私見を率直に申し上げた次第。
                                        飯山一郎

PS 「横田めぐみさんは、北魏の馮太后の再来(=うまれかわり )に近い存在(霊媒)」
   という表現に関する問題は、私の完全なボケ発言です。謝ります。
   あえて言い訳をすれば、「輪廻」の問題をヤン教授と議論している時、私が信じない
   「輪廻」をヤン教授に負けて、書いてしまったものです。しかし、この件は、私のボケ
   です。心からお詫びします。
   
6:鹿之助 :

2011/02/07 (Mon) 00:00:38

host:*.plala.or.jp

(3)馮太后の一族がどの百済王時代に入りこんだかに関心があるので、下記の質問をしたのですが、まだ回答がありませんので回答して下さい。

●中国歴代王朝の『梁書』百済伝によれば、当初の百済は遼西地方にあり、高句麗によって国を破られ、南韓の地に遷都したとありますが、どの百済王時代に「南韓」に遷都したのですか?
●馮太后の一族が天皇家の先祖であるならば、馮太后の一族はどの百済王の王妃ですか?
追加として、
●前方後円墳は3~6世紀の天皇(大王)、有力豪族等の墓墳とされているが、660年百済滅亡で百済王族等が日本に逃げ込んだときに金銅透彫鞍金具(鮮卑族の馬の鞍)を持ち組み、百済と無関係と思われる応神天皇稜陪塚丸山古墳になぜ埋設する必要があったのですか?
そして、北魏、北燕の地で前方後円墳がなかったようですが、その王族が日本の天皇家先祖とはいえないのではないか?

(4)それから貴文中の、“横田めぐみさんは馮太后の生まれ変わりに近い存在(霊媒)”という文章は、私の文章を貴殿が改竄したものです。私は、「生まれ変わり」を信じていませんし、「霊媒」という言葉の使い方もヘンです。
とありますが、
2011/01/30(日) 金王朝の “深い深い謎” -64-
北魏の馮太后。
彼女は、出自こそ『北燕国』の王族だが、『北魏』では政治犯の娘だった。この最悪・最低の身分であった彼女が、宮中に下女として入り、やがて…、
『北魏』の皇后にまで登りつめることができた、その秘密を一言で表現すれば…、シャーマニズム! ツングースのシャーマニズムである。この凄まじさを、彼女は、遼寧省のどこかで身につけていたのであろう。
 ♪ 横田めぐみさんは、北魏の馮太后の再来(=うまれかわり )に近い存在(霊媒)になっている…。

以上を転記しただけで、小生の改竄ではありませんよ。
上海鉄道大学教授(環境・健康研究所)の飯山さんともあろう方が、数日前に投稿したことを忘れて小生を誹謗中傷するのはいただけないですね。

(5)「イラク・アフガンでの米兵の死者は軽く6000人を超えているで、その家族が大騒ぎしているはずですが、その報道はありませんね。恐いですね。」

とのことですが、
これはイラク・アフガン戦死者の遺体が家族に届いているから、その家族は名誉の戦死が確認されるので大騒ぎしないわけです。 もし、原潜が沈んで乗員が帰ってこないとなると家族が大騒ぎするはずです。
ご存知かと思いますが、アメリカは朝鮮戦争やベトナム戦争での行方不明者を今も捜索しているわけで、宗教観と家族のために戦死遺体にはものすごく執着する国柄で、ましてや原潜が攻撃されて乗員死亡となった時点でアメリカは頭に血が昇り、北朝鮮は反撃されて瞬時に消滅させられています。 その時は中国もロシアも口出し・手出しは出来ません。
従って、沖縄県うるま市議会の<米国原子力潜水艦のホワイトビーチ寄港に反対する抗議決議>内容は正しいわけで、原潜は沈没していません!

●従って、所詮 金正恩の成果を強調するためのプロパガンダでしょうが、もし金正恩が本当に原潜を沈没させているならば、どの原潜か指摘して下さい。

(6)中国軍が北朝鮮・羅先特区に駐屯した件で、「北朝鮮・金体制崩壊後の進出併合の布石…」などという言葉や発想が出てくるのは…、
1.タメにする質問か2.「金体制崩壊」などという思い込みが激しい証拠になります。ですから…、中国軍の羅先特区駐屯に関して、「これは北朝鮮・金体制の改革開放政策のバックアップですか、それとも北朝鮮・金体制崩壊後の進出併合の布石ですか?」
といった質問は、愚問とまでは言いませんが、駄問です。

とのことですが、
●国際的条約・契約をまともに遵守せず、密輸・麻薬等の非合法手段に手を出し、大韓航空機爆破事件・ラングーン爆破事件等のテロ行為を行い、罪の無い多くの人々を拉致し、原潜沈没させたウソを放言する北朝鮮・金独裁体制の信用度はないので経済的に発展するとは思えず、いずれ北朝鮮・金独裁体制崩壊する可能性が高く、中国軍進出の利権確保と中国併合・自治区になる可能性が高いと思っている人が多く、小生もそのように思っています。
まあ、これが駄問か先見の明のいずれか、数年以内には大勢が判明するでしょう。

ところで、最近は金正恩と横田めぐみさんの話題を避けて、殷、北魏、北燕、馮太后などへ話を展開していますが、いよいよ金独裁体制が危なくなってきたのではないですか?

●金正日は後継ぎの息子金正恩を産んだ横田めぐみさんを、わずか2~3年で別の金英男をあてがって追い出し、金英男と横田めぐみさんとの間にキム・ヘギョンをもうけたという事になってしまうが、金正日はなんの目的でこうゆうことをするのですか?

と以前 質問していますが、まだ回答がありません。
都合の悪いことは無視してスルーですか?


鹿之助拝

5:鹿之助 :

2011/02/06 (Sun) 23:46:17

host:*.plala.or.jp
②日本の神話  ③キルギス人の伝説 ④神武天皇の和風正式名「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」であるが、これはヘブル・アラム語でその意味は、「サマリアの王、ヤハウエのヘブル民族の高尚な創設者」あるいは「ヤマトの創始者はヘブル人であり、その王国サマリアから渡来した」である。サマリアとは北イスラエル王国のことで、サマリアの王とはエフライム族の王家である。つまり、日本の皇室はエフライム族の王統を継いだものということになる。
⑤男系Y染色体DNAのD2系統の多い日本本土・琉球とチベット近辺にのみ、それぞれエフライム、マナセとしての古代ユダヤの伝統が受け継がれている。男系Y染色体DNAのD2系統を持ち、なおかつ、ユダヤ文化の独自性を持った大きなグループが、短期間で東の方へ移動して、朝鮮半島から日本に入って住みついた、としか考えようがない。このD2系統には、特徴的な変異:「YAP」(ヤップ)とよばれる挿入部分(300塩基)をもち、これは D、E系統のみに含まれ他には存在しない。12部族のうちのエフライムとマナセだけがYAPなどの挿入部をもつD系統であり、現在、エフライムを自称する民族は多いので、神様は、この特別な変異のしるしを エフライムとマナセだけに与えたのではないだろうか?ヨセフ族、エフライム族にはリバイバルにかかわる特別な祝福が預言されている。
 XY(ヨセフ) + XX(YAP)(DE*:アセナテ) → XYYAP(D:マナセ、エフライム)
⑥扶余王は姓を「解(へ)」と言い、扶余の解夫婁(ヘプル=ヘブライの意味)王は、預言に従い東方に遷都し、国号を東扶余とした為、解夫婁王は初代東扶余王となるのである。 ちなみに、扶余出自の百済始祖王も解尉仇台が正式名である(「卑弥呼の正体」より)。世界史を見渡してヘブルと呼ばれたのはヘブライ人(北イスラエル王国=失われた十支族)しかない。聖書にもヘブル人と記述があり、中国の漢字で「希伯来」をヘブライと誤訳したのが、日本語のヘブライ人という言葉で、原音はヘブルである。また、北イスラエル王国ではフルという名前の者が相当数いて、聖書にもフルが見られる。フルと言う名前は、ヘブル人には、よくある名前。
・扶余(フヨ)はツングース語で鹿(プヨ)の意味としているが、これはずばり、ヘブライ人によくある名前のフルからきているのかもしれない。 ・北イスラエル王国エフライム王家の紋章は一角獣(ユニコーン)であり、北東アジアで角のある鹿が選ばれ、鹿(プヨ)=扶余(フヨ)となったのではないかと思われる。 ・扶余族出自の高句麗始祖王朱蒙の長男沸流(フル=ヘブル)の子孫がスサノオノミコト(フツシ)、ニギハヤヒミコト(フル=ヘブル)ではないかと思われる。 ・スサノオノミコトの父は(フツ)、スサノオノミコトは(フツシ)、ニギハヤヒミコト(フル=ヘブル)として石上神宮に祭られていることから、スサノオノミコトの出雲王国、スサノオノミコト5男のニギハヤヒミコトが建国した大和出雲王国は北イスラエル王国=失われた十支族のエフライム王家であることが証明され、この大和出雲王朝の末子相続人イスケヨリヒメに日向王朝の神武天皇が婿入りして大和朝廷成立としている。
そうすると、④神武天皇の正式名の意味が理解できる。

次へ 鹿之助拝
4:鹿之助 :

2011/02/06 (Sun) 23:23:40

host:*.plala.or.jp
(2)日本の中に生きる古代ユダヤは、例えば祇園祭は古代イスラエルの祭と同じものである、皇室「菊の御紋」とエルサレム「ヘロデ門の紋」は同じ、神道用語になったヘブル語など多数あるが、天皇家と北イスラエル王国エフライム王家との主な関係は下記の点であり、それぞれ関連する資料を収集して仮説構築しています。
①超図解「日本固有文明の謎はユダヤで解ける」ノーマン・マクレオド/久保有治著において、
天皇の紋章は「獅子(ライオン)と一角獣(ユニコーン)」であることがポイントです。 

詳細はこの本を参照してもらいたいが、抜粋すると、
・天皇の冠に、イスラエルの(ヨセフの)紋章ユニコーンが見られる。
・ユニコーンの起源は古代イスラエルにあり、もともとエフライム族とマナセ族が属するヨセフ族の紋章、シンボルだったのである。
 ヨセフの末子相続人のエフライムがこの紋章を引き継いでいる。
・天皇の冠は獅子とユニコーンが盾を左右から支えている図柄で、「イスラエルとユダの統一紋章」である。
・その中央上部は天皇の冠でユニコーンが描かれている。 
・王冠の下には十六菊花紋と12頭の獅子がいる(10個の獅子と2個の獅子)。 これはイスラエル12部族に由来する。
・京都御所の清涼殿にある天皇の座の左右に獅子とユニコーンがあった。
・天皇即位式に使われる「高御座」にユニコーンのデザインがある。
・古代の京都御所の門には、10頭の獅子、2頭の子獅子、統一イスラエルの紋章、雄獅子、雌獅子、ユニコーンが描かれていた。

この本のネタは、1875年「日本古代史の縮図」ノーマン・マクレオド著にそって数多くのイラストが集められた貴重絵図300点余で、国会図書館に埋もれていたのを発掘したものです。
この天皇家の冠は、天皇家の先祖が北イスラエル王国エフライム王家末裔の物的証拠であり、今も皇室に保管されていると思われる。
「高御座」は今上天皇即位式に公開されているが、古代の京都御所の門はどうなったか不明。
ひょっとしたら、幕末の蛤御門の変で焼失したかもしれない。

しかし、この冠が神武天皇時からなのか、または百済滅亡時に扶余系百済王族の天智・天武天皇達が持ち込んだものなのか不明ですが、皇室の意志次第でいつでも公開できると思われる。
ところで、エフライム族のシンボルはユニコーンで、東北アジアで頭に角のある動物は鹿しかいないので、エフライム族末裔の扶余族は鹿をトーテムとしたのではないかと思われる。

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鹿之助拝
3:鹿之助 :

2011/02/06 (Sun) 22:59:38

host:*.plala.or.jp
飯山さん

ご多忙の折り、丁寧なご回答 ありがとうございます。
ご質問の回答を下記に述べますので、ご検討下さい。

(1)定説では、朝鮮と呼ばれるようになったのは、李氏朝鮮の創業者である高麗武将の李成
桂が高麗簒奪後に中国・明にお伺いを立てて、「朝鮮」と「和?」を提示され、朝鮮を選択したと言われています。
しかし、下記に問題提起しますが、定説のように朝鮮半島南部が三韓の地だったから百済は「遷
居南韓地」したのではないかと思っています。

今回 山形明郷氏の」「卑弥呼の正体」「古代史犯罪」を購入し、従来の定説と比較して読んでいる最中ですが、少し読んだだけで下記の疑問があります。

『三国志魏書』弁辰伝によれば、
國出鐵、韓、濊、倭皆從取之。又以供給二郡。男女近倭、亦文身
(国は鉄を産出し、韓、濊、倭など皆、これを採りに来る。また二郡で供給する。皆、男女、倭に近し。亦、文身(いれずみ)す)。

つまり、辰韓・弁韓では鉄資源の開発と鉄生産が隆盛し、辰韓、弁韓の鉄が楽浪・帯方二郡に供給され、鉄生産の一大拠点となっていた。弁韓の鉄は周辺の国から求められた。北九州の倭王族も鉄のために弁韓を重視していたと読めます。
ところで、従来の定説で朝鮮半島南部にあったとされる三韓~三国時代の製鉄遺構が、弁韓の地である洛東江流域から辰韓の地である慶州の周辺で各種の鉄斧が見つかっている。
年代的には、現在の金海(キメ)市周辺が最も早く、一帯の遺跡から板状鉄斧(大成洞29号墳から出土)が出土している。
考古学的には、この地域で鉄生産が始まったのは紀元前1世紀であるとされているが、場合によっては紀元前2世紀までさかのぼる可能性があるという。日本列島にいた倭人たちが、この時代に鉄を求めて弁韓地方と交易していたことは確かなようだ。

●山形史観の弁韓、辰韓は遼東半島付根の丹東付近としていますが、この付近に三韓~三国時代の製鉄遺構がありますか?  もしも、なかったら山形史観は崩壊しますね。
そして、もしもこの付近で製鉄していたならば、この付近に倭が進出しているはずですが、「卑弥呼の正体」171ページの「前三韓はどこにあったのか」図に記載がないのはどうしてですか?

●山形史観が触れていない問題点を列記しますので、回答して下さい。
①中華思想により周辺民族を卑下した呼称である卑弥呼ではなく、倭国の邪馬台国女王は大日霊女(大日霊女貴尊)である。(古代/上代日本正史;原田常治著)
②「卑弥呼の正体」の倭(倭国)は遼東半島東側一帯から黄海一円、朝鮮半島西岸一帯で九州は含まれていないが、魏志倭人伝に記載されている「海を渡っての対馬国、壱岐国、末盧国等の地名」が出てこないのはなぜか?
③『随書』倭国伝、『北史』倭国伝では、倭国(九州)の象徴である「阿蘇山」が出てくるが、「卑弥呼の正体」の倭(倭国)ではなぜ出てこないのか?
  有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。
④「魏志倭人伝」を抜粋すると、
種禾稻、紵麻、蠶桑緝績。出細紵、縑綿。出真珠、青玉。
其地無牛馬虎豹羊鵲。倭地溫暖、冬夏食生菜、皆徒跣。
(民は水稲や紵麻の種をまき、養蚕して絹織物を紡ぐ。真珠、青玉を産出する。
その地には、牛・馬・虎・豹・羊・鵲がいない。 倭の地は温暖、冬や夏も生野菜を食べ、皆が裸足で歩いている。)

であるが、寒暖の差が激しい大陸性気候の遼東半島東岸から朝鮮半島西岸一帯の倭(倭国)、邪馬台国を鴨緑江中流の蓋馬国に想定する説では、これらを説明できない。
特に、騎馬民族、遊牧民族にとって必須の馬、牛、羊等が倭(倭国)にいないことを考察しないのは、致命的欠陥の史観である。

ところで、戦前の皇国史観の軍部や御用学者は、なぜ山形史観を推進しなかったのか理解に苦しみます。
なぜなら、もしも、これが真実としたら、明治初期に天皇家は朝鮮民族や漢民族の出自ではない立場を明確にして、百済、倭=伽耶の末裔である日本は、少なくとも中国の遼西地方、遼東半島、遼東半島一帯から黄海一円、及び現在の北朝鮮の北西部方面、韓半島南部全域の宗主権を主張できることになり、扶余族の末裔まで広げれば、更に満州全土以上の宗主権を主張できることになります。 つまり、戦前の韓国併合と満州国建国に正統性を主張できたわけです。
 
しかしながら全般的に、膨大な中国史書古典や歴史地理系の文献記述を研究分析した山形史観は、あくまでも机上の分析考察と思われ、上記のような触れていない問題点があり、更に例えば三韓の地と主張する遼東半島で文献等の考古学的検証をしたのか疑問である。
正に、画竜点睛を欠く歴史観と思われる。
飯山さんは、山形史観のポイントである遼東半島付近で、文献の考古学的検証をしましたか?


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鹿之助拝




2:飯山一郎 :

2011/02/05 (Sat) 14:19:36

host:*.ocn.ne.jp
☆ 中国軍が北朝鮮・羅先特区に駐屯した件 ☆彡

中国軍の羅先特区駐屯について、青瓦台筋は、
「中国が羅先で投資した港湾施設などを警備するため、少数の中国軍を
駐屯させることを中朝が話し合ったと聞いている。中国軍が駐屯したと
すれば、政治的、軍事的理由というよりも、施設警備や中国人保護が
目的とみられる」と指摘しています。
これで充分ではないですか? >鹿之助さん

なのに…、
「北朝鮮・金体制崩壊後の進出併合の布石…」などという言葉や発想が
出てくるのは…、
1.タメにする質問か
2.「金体制崩壊」などという思い込みが激しい証拠
になります。

ですから…、
中国軍の羅先特区駐屯に関して、
「これは北朝鮮・金体制の改革開放政策のバックアップですか、それとも
北朝鮮・金体制崩壊後の進出併合の布石ですか?」
といった質問は、愚問とまでは言いませんが、駄問です。

以上。
飯山夜狸。

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